大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ラ)71号 決定

抗告人 小林善太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、狛江市農業協同組合に対する売却を不許可とする裁判を求める。」というにあり、抗告の理由の要旨は、「一、抗告人は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について短期賃借権を有し、これに基づいて本件土地を占有使用中であるところ、本件物件明細書及び現況調査報告書には、その旨の記載がない。二、本件開札期日において、執行官は、最高価買受申出人の氏名を読み上げたのみで、その代理人の氏名の読み上げを怠った。」というにある。

そこで、検討するに、本件記録によると、債務者名古屋秀雄所有の本件土地について、債権者狛江市農業協同組合(以下「狛江市農協」という。)が昭和五四年四月二六日設定登記をした順位一番の抵当権に基づく不動産競売申立てをしたことから、原裁判所は同五五年一一月二六日不動産競売開始決定をし、翌二七日その旨の差押登記を経由し(なお、その後狛江市農協の申立てにより同五六年四月一七日二重開始決定がなされ、同月二〇日差押登記が経由されている。)、さらに、原裁判所は、本件土地を別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)と一括売却することとして、本件土地、建物に関する執行官中原孝明作成の昭和五五年一二月二六日付現況調査報告書及び評価人宮内裕作成の同五六年一月二〇日付評価書、同五七年一〇月二二日付評価訂正書等に基づいて最終的に同五七年一一月二日付物件明細書(以下「本件物件明細書」という。)を作成したが、本件物件明細書には、本件土地について、本件売却により効力を失わない賃借権は存在しない(但し、本件建物のために九六平方メートルの範囲に法定地上権が成立する)旨、また、本件建物について、本件売却により効力を失わない賃借権として、本件建物のうち一二・二三平方メートルの部分について申立外小野田信男の賃借権が存在するが、その余の部分についての賃貸借関係は不明である旨の各記載がなされており、ついで、原裁判所は、前記評価人の評価に基づいて本件土地、建物の一括売却としての最低売却価額を五七九一万円(内訳、本件土地四一六四万円、本件建物一六二七万円)と決定したうえ、開札期日を同五七年一二月二三日午前一〇時と定めて期間入札を行い、同五八年一月六日最高価買受申出人の狛江市農協に対し六八〇〇万円で売却許可決定をしたことが認められる。

ところで、民法三九五条所定の短期賃貸借制度は、抵当権設定登記後に成立した賃借権を同法六〇二条所定の期間を超えない限度において例外的に抵当権者に対抗し得るものとしてこれを保護し、もって当該不動産の用益権者の利用権と抵当権者の担保権との調整を図る趣旨にあるから、競売の目的となっている不動産の場合には短期賃借権設定登記が存在しても、それが占有を伴わない場合には、特段の事情のない限り、真に該不動産の利用を目的とするものではなく単なる登記簿上の短期賃貸借にすぎないものとして、右短期賃貸借制度の保護の対象とならないものと解するのを相当とするところ、本件記録によると本件土地について、「昭和五五年一一月一五日受付原因昭和五五年九月三〇日設定、借賃一月一平方メートル一〇円、支払期毎月末日、存続期間昭和五五年九月三〇日から五年間、特約譲渡、転貸ができる、賃借権者小林善太郎」なる旨の抗告人名義の賃借権(以下「本件短期賃借権」という。)設定登記が経由されているが、本件物件明細書には勿論、前記現況調査報告書、評価書等にも、本件土地について本件短期賃借権が存在する旨の記載はなく、むしろ本件土地上には、申立外名古屋秀雄所有の本件建物(未登記附属建物の物置二棟を含む)及び建築中の未完成建物がほぼ全面にわたって存在し、そのため本件土地について抗告人の占有が別個に成立し得る余地はなく、また、抗告人が、本件抵当権実行による差押の効力が生じた昭和五五年一一月二七日当時及びその前後を通じて、本件土地上に建物等を所有するなどして、現実に本件土地を占有使用していた事実のないことが推認されるから、本件短期賃借権は占有を伴わないものというべきであり、抗告人はこれをもって申立外狛江市農協の本件抵当権に対抗し得るものとして保護するに値しないものというべきである。従って、本件短期賃借権は、本件売却により効力を失うものというべきであるから、民事執行法六二条所定の物件明細書の記載事項に該当せず、原裁判所が本件物件明細書に本件短期賃借権の存在を記載しなかったことをもって、物件明細書の作成又はその手続に重大な誤りがあり、同法七一条六号所定の売却不許可事由に該当するものとは認められない。また、抗告人主張のその余の抗告理由も、同法七一条所定の売却不許可事由に該当しないものであり、その他本件売却許可決定の手続に重大な誤りがあると認めるに足りる資料はない。

よって本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 塩谷雄 涌井紀夫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例